
【令和7年12月31日】
日本語学者の『芳賀綏』。世界の多数を占める「凸型文化」に対し、日本人の文化を「凹型文化」と考察しています。その文化の比較を通して今後の日本をうらないます。是非ご覧ください☆
お疲れ様です。
自衛隊卒のセラピストの岡田 凰里(おかだ おうり)です。
ブログを読んで下さって、ありがとうございます。
今日は大晦日。
今年も今日で最後ですね。
皆さまはどんな一年でしたか?
わたしはあたたかい気持ちで過ごせた一年でした。
一年間、本当にお疲れさまでした。
11-12月のブログのテーマは
『戦争と平和』
です。
太平洋戦争終戦80周年を捉えて、このテーマでお伝えしています。
これまで、
11/12 【戦争と平和①】軍事学者クラウセヴィッツ『戦争論』を通して
12/3 【戦争と平和②】法学者『カール・シュミット』の著作を通して
12/22 【戦争と平和③】クリスチャンで評論家『山本七平』の著作を通して
の3回にわけて、戦争の現実をお伝えしています。
これまでご紹介の著者は、ご自身が戦争に従軍した経験のある方々でした。
経験者ならではの生々しい経験が、その著作に与えた影響は大きいと思います。
今回ご紹介する芳賀綏(はがやすし)先生は、1928年生まれ。
戦前生まれですが、終戦時には17歳になる年。
学徒出陣でも19歳からの徴兵でしたので、戦争には参加していないと思います。
ただ、物心ついたころには日本は世界各国と戦争をしていました。
戦中・戦後の日本を見つめ、平成とともにこの世を去った芳賀綏の著作を通して、今後の日本をうらないたいと思います。
ブログは以下の内容です。
それでは始めていきますね!
1 芳賀綏と日本の『凹型文化』
芳賀綏(はがやすし)先生は、福岡県に1928年生まれました。
年代的には多感な思春期の頃には、日本は対外戦争を行っていました。
日中戦争や太平洋戦争ですね。
戦後は東京大学に入学し、様々な大学の助教授を務めたのち、東京工業大学の教授になって、同大学の名誉教授になっています。
ウェブで調べると、『日本語学者』という肩書になっています。
えー、、、(^-^;
ハイパーエリートですね(^n^;
そんな芳賀先生ですが、わたしが先生を知ったのは実はごく最近です(^^;
今年度に入った頃に今回のブログのテーマを「戦争と平和」に決めたんですが、それにあたって色々な書籍をあたる中で知りました。
先生の著作の特長は、日本語や日本人について深く研究しているのはもちろんなんですが、それらをとても肯定的に捉えていることです。
前回のブログでご紹介した山本七平は、とても批判的に日本人について語っています。
氏の著書には、日本人に関するものがたくさんあります。
そしてその多くが、
「日本人の感覚は説明しにくい」
「日本人は海外から見ると非常識である」
「日本人の宗教観はよくわからない」
このような内容になっていると感じます(^^;
こんな著作が多いのは、戦前には珍しくキリスト教徒の家庭に育ったからなんだと思います。
聖書に基づいて行動するキリスト教徒から見ると、その行動原理が明文化されていない日本人は、特異に見えたんだと思います。
また、白洲次郎(しらすじろう)という方も、日本人について批判した本
「プリンシプルのない日本」
を著しています。
白洲次郎は戦後、当時の首相の吉田茂に請われて終戦連絡中央事務局参与となって、日本国憲法の成立などに貢献した方です。
氏が直接執筆した著書はこの一冊のみの様ですが、日本人に対してプリンシプル(principle)、つまり「原理原則をもって行動せよ」と唱えた方です。
白洲次郎は、1902年生まれで神戸第一中学を卒業後、イギリスのケンブリッジ大学に留学しています。
この方も、ハイパーエリートですね(^-^;
戦前には珍しく、若くして欧州の文化に触れています。
きっとそこで欧州人と日本人の違いを、まざまざと感じたんだと思います。
わたしは山本七平と白洲次郎の著作を、20代の頃に読みました。
その批評は、本当に的を射ていると思います。
確かに、日本人ってそういうところがあるよなと(^^:
20世紀以降のグローバルな社会でやっていくためには、もちろん両者のおっしゃる通りだと感じます。
ただ人間の特性として、否定的なことにはよく目が行くものですが、肯定的なことにはなかなか目がいかないものです。
今回ご紹介する芳賀先生は、日本人の文化を肯定的に捉え、”凹(おう)型文化”と呼んでいます。
凹(おう)凸(とつ)の”凹”ですね。
あ、ちなみに凹凸って、漢字ですからね(^ⅿ^)
中学生の時に先生に習いました(^^♪
凹型文化にはどんな特徴があるかというと、
『和合性』
『受け身(受容)性』
『原理原則回避(ファジー好み)』
『不徹底性』
『余韻余剰や陰影の愛好』
このような意識傾向を持った文化だそうです。
ちなみにファジーとは”あいまい”という意味ですね。
「穏やかで、内気で、物事を徹底せず、まじめで、キメ細かい」
確かに日本人であれば、このような特徴を日本人らしいと感じると思います。
そしてこのような文化は、
「地理的条件」
「自然環境」
「言語的な特性」
このようなものによって成り立っていると考察しています。
ただ、凹型文化は世界を見渡しても珍しいようです。
特に先進諸国では、日本だけが凹型文化だそうです。
日本人にとって当たり前の凹型文化は超少数派。
世界の大多数は『凸型文化』に占められています。
2 世界を占める『凸型文化』
「世界」をどの程度の範囲と定義するかは難しい問題です。
芳賀先生の著作の記述から考察すると、ユーラシア大陸の国と欧州から派生した国になると思います。
その国々の大多数は、『凸型文化』だそうです。
凹型文化との比較で凸型文化の特徴でお伝えすると…
「内向より外向」
「忍従より攻撃」
「和合より対立」
「現実適合より原理原則」
「集団維持思考より目的達成思考」
「柔ではなく剛」
だそうです。
これは、東洋人、西洋人というようなくくりではなく、前項でお伝えしたように地理的条件、自然環境、言語的特性によって成り立っているようです。
日本人からすると、
「あ、そうなんだ~」
「へ~」
と言って、そういった人からはそっと距離を取りたくなりますよね…(^-^;
まあもちろん、特徴を文字で表現していますので”こういった傾向がある”ということですので、そこはほどほどに受け取ってもらえればと思います(^^;
わたしは外国には、中国と韓国に旅行でしか行ったことがありません。
この文化の違いを感じるには、その土地で仕事をしてみたり、住んでみたりしないとなかなかわからないものです。
ですので、わたしの実体験ではありませんが、芳賀先生の著書から凸型文化のエピソードをご紹介したいと思います。
『筆者の知人で日中間の平和を念願する言論人が、北京の準官営のホテルに泊まった時のことです。
何十坪もある広大なスイート風の部屋なのに、バスも洗面も湯が出ない。
遅い時間だったのであきらめて就寝し、翌日、チェックアウトの時に、同行者が、部屋で湯が出なかったと、言ってくれたら、フロントの責任者(三十代前半?の美人)の顔つきが一変。
すぐにスタッフを部屋に行かせて事実だとわかったら
「昨日のうちに知らせれば対応したのに、それをしなかった方に責任がある」
と非難し始めるではないか。
深夜なので遠慮したのだというと
「それなら今頃、文句を言うのは間違っている」
と目を吊り上げ”夜叉のごとき表情”で怒鳴り返し、舌戦をつづけたというのです。
あまつさえ
「あんた、部屋のハンガーをどこへやったのか」
と言いがかりをつけはじめるしまつだったそうです。』
こんなエピソードが記載されています。
これが『和合より対立』という凸型文化のエピソードだそうです。
『攻撃は最大の防御なり…』の文化だと、「 … 」で含みをもたせて記述してあります(^^;)
その他にも色々なエピソードを上げ、
『「自己の非を認める」ことなどは悪徳とさえ言えるでしょう。
決して謝らぬ、という対人態度は彼らには”三つ子の魂”とすべきものです。』
こんな記述とともに紹介されています。
言ってしまえば、このような感覚がグローバルスタンダードなわけです。
日本人からすると、このような感覚はあっけにとられ、思わず口を閉じてしまいますよね。
ただ、「攻撃は最大の防御」という感覚からすれば、閉口は負けを認めたことになってしまいます。
「いやいやいや!」
とツッコミたくなるのは日本人であれば当然ですが、グローバルスタンダードからすれば、日本人の感覚の方が
「イヤイヤイヤ!」
なわけです(^-^;
文化の違いというのは、なかなか難しいものですよね。
そしてこの文化は、地理的条件・自然環境・言語的な特性で成り立っているのわけですから、その土地の文化で育てば日本人だとしても凸型の感覚になるわけです。
逆に日本以外の方でも、日本で育てば凹型の感覚になるわけです。
ですので、これは人種的な問題ではありません。
こういった文化を背景に
「○○人は・・・」
というようなことを言うのは、非常にナンセンスだと感じます。
著作から読み取れるのは、凸型文化の皆さまは過酷な環境を克服して、生き抜かなければならなかったということです。
ユーラシア大陸では、自然を愛でるという感覚を育むのが難しい自然環境が多く存在しているようです。
これは日本のような四季折々の変化を楽しめる自然とは、全く違った環境だと思います。
その厳しい自然環境で家族を養い、子孫を残して生き抜いていくには凸型文化が最適解だったんだ思います。
日本は江戸時代に250年以上鎖国し、開国してから明治維新を経験し、急速にこの凸型文化に対応しなければなりませんでした。
文明開化と称して、西洋文化をどんどん取り入れました。
技術的なことを取り入れるのは、そこまで難しくなかったかもしれません。
ただ感覚的なこと取り入れることは、非常に難しかったと思います。
そもそも論になってしまいますが、文化的な背景が違うので理解できないという問題が発生したはずです。
そしてグローバルという濁流に飲み込まれるようにして、日本は戦争に向かいました。
ここで先ほどの凹型文化と凸型文化の違いを、もう一度お見せしたいと思います。
「内向 vs 外向」
「忍従 vs 攻撃」
「和合 vs 対立」
「現実適合 vs 原理原則」
「集団維持思考 vs 目的達成思考」
「柔 vs 剛」
さて、どちらが勝つと思いますか?
こう見ると、凹型の文化を持った日本人が外に打って出たのは、自分自身が苦手なことをしてしまったと感じます。
迫りくる敵を追い返す力はあったとしても、打って出るのは勝手が違います。
苦手なことをうまくやるのは、本当に難しいことです。
これは誰でも同じだと思います。
そして苦手なことは、失敗する確率の方が高くなります。
これも誰でも同じだと思います。
そして日本は80年前の先の大戦で、凸型文化に敗れました。
3 戦後の日本人が失ったもの
太平洋戦争に敗戦した後、日本はアメリカに占領されました。
占領中には、これまでの日本の教育は否定され、新しい教育がなされました。
前回のブログでお伝えしましたが、アメリカからしたら日本は
「キレさせたらヤベー国」
に映っていたはずです(^^;
そんな国を、キレさせないためにどうするか。
彼らは凸型文化の国です。
『分析する』ことや『論理的思考』は得意分野です。
日本のことを徹底的に分析して、もう二度とキレさせないための占領政策を施したはずです。
凹型文化の日本のように『非分析的な感覚的思考』とは違います。
そして受容型の凹型文化の日本人は、その占領政策を受け入れました。
日本人ならではの「潔さ」だったのかもしれません。
潔く負けを認めれば、「武士の情け」があると思ったのかもしれません。
ただ、凸型文化の人間には、そうは映りません。
潔く受け入れるその姿は、完全に屈服したと映っていたような気がします。
凸型の、
「外向」
「攻撃」
の文化を持っていたらならば、人種差別的な思想もあいまって、完全に屈服しているのをいいことに、徹底的に”キレさせないための政策”を行ったように感じます。
ただ、先人たちは日本人らしさがギリギリ保てるように交渉し、なんとか国体を保ってくれたんだと思います。
このブログでご紹介した、白洲次郎はその内の一人です。
政治のニュースを拝見していると、たまにこういった言葉が聞こえてきます。
「日本はアメリカの言いなりになっているのではないか!」
と。
これは当たり前です。
なぜなら、日本はアメリカに負けたからです。
戦争に負けて占領されていたわけですから、例え主権を回復しようと、その影響から逃れられるはずはありません。
一般企業で例えれば、経営不振で買収された状態と同じことです。
買収された後に経営を立て直し、自律的に経営できるようになったとしても、買収元には逆らえませんからね。
80年前の敗戦を機に、日本人は多くのものを失いました。
そして、日本人らしさを否定しなければなりませんでした。
戦前生まれの方がご存命の内は、その影響は小さかったかもしれません。
ただ、戦後生まれの日本人は、みずからの国を否定するような教育を受けてきました。
そして先人たちがどれだけ頑張ったとしても、敗戦した事実はかわりません。
例え対外的に理不尽な事があったとしても、それを飲み込まねばなりませんでした。
そういった中でも先人たちの努力もあって、日本はエコノミックアニマルと揶揄されるほどに、経済発展を遂げました。
その経済発展の上に今の生活があるわけですから、本当に感謝しかありません。
ただ、理不尽なことが続いてしまうと、次第にそれに抗うことを諦めるようになってしまいます。
これを心理学では学習性無力感と言います。
これは檻に入れた動物に、電気刺激を断続的に与えると、最初は逃げる行動をとるものの、逃げられないことがわかると次第に逃げることをやめる、という実験で示されています。
そして学習性無力感は、うつ病の要因の1つだと言われています。
わたし個人の感覚で大変恐縮ですが、戦後の日本人が失った最も大きいものは
『理不尽に抗う力』
だと感じています。
学習性無力感に陥ってしまい、半ばうつ病のような状態になってしまっている。
それが今の日本のように感じます。
ただ、なんとかギリギリ、まだそのような状態になっていない方もいらっしゃいます。
そして先の大戦から80年経って、時代は変わりました。
自然を克服し、目的達成思考で生きる凸型文化の皆様のお陰で、先の大戦後も科学技術はどんどん発達しました。
その影響で、生活は格段に便利になり、食糧事情も改善しました。
自然災害の被害はもちろんあるものの、以前に比べれば自然の脅威にはさらされにくくなくなりました。
こういったことは、凸型文化だからこそできたことだと思います。
日本もそれを受け入れてきたわけです。
凸型の文化に感謝ですね。
ただこうなってくると、凸型文化の存在意義が薄れていく感じがするんです。
そもそも凸型文化を形成したのは、過酷な自然環境を克服し、自分と子孫を守って生き抜いていくためのものでした。
自然の脅威をある程度克服し、食料事情が改善した今、凸型文化を形成する必要が無くなってきているはずです。
それでも世界各国では、今この瞬間にも戦争が継続されています。
もしかすると凸型文化の皆さまは、その文化が長く続いた影響で、『凸型』にしか生きられなくなっているのではないでしょうか。
しつこいようですが凹型文化と凸型文化の違いを、もう一度お見せします。
「内向 vs 外向」
「忍従 vs 攻撃」
「和合 vs 対立」
「現実適合 vs 原理原則」
「集団維持思考 vs 目的達成思考」
「柔 vs 剛」
凸型の生き方しか知らないがために、
「剛的に対立し、攻撃して目的を達成する」
そんな生き方しかできなくて、お互いに傷つけあいながら生きているのではないでしょうか。
もしそうであれば、本当に哀しいことです。
そうしたいからしているわけではなく、それしか知らないから、やめたくてもやめられない。
もし本当にこんな状態だとすると「不憫」だと感じます。
古語で言えば「もののあはれ」を感じますよね。
そんな状況を見れば、何とかしてあげたいなと思うのが日本人ではないでしょうか。
こういった現実に対して、わたしたち日本人にできることがあると思うんです。
4 和らぎの文化を世界に伝える
わたしたち日本人は、恵まれた地理的条件、自然環境、そして言語的な特性のもとで、和らぎの凹型文化を形成してきました。
先進諸国の中では唯一だそうです。
そして凸型文化のアメリカの占領を経ても、先人の努力もあって、なんとかその凹型文化を維持しています。
そして先の大戦から80年を迎え、凸型文化の存在意義が薄れてきた今、日本人がその和らぎの凹型文化を世界に伝える時が来ているように感じます。
それが、これからの日本人の使命のように感じます。
ただそれを伝えるにあたって、一度否定されてしまった日本人らしさを取り戻す必要があります。
学習性無力感に打ちひしがれ、半ばうつ病のような状態では、凹型文化を世界に発信するパワーが沸いてきませんからね。
そのためには、先の大戦をしっかり見つめ直す必要があります。
11-12月のブログのテーマは、『戦争と平和』でした。
国内外の書作を通して、戦争の現実と先の大戦が日本にとってどういったものだったのかを説明しました。
欧州の行き過ぎた植民地支配にキレて、植民地支配の打倒には成功したものの、凹型文化の日本人に合わない対外進出が行き過ぎたせいで、戦争には負けてしまったんでしたね。
また、先の大戦の日本国内の過ちを振り返るのに、一番いいものがあります。
それは今年の10月10日に発表された、石破前首相の「戦後80年に寄せて」という、内閣総理大臣所感です。
これほど簡潔明瞭に、国内の過ちを振り返れるものは無いと思います。
石破前首相に関しては、賛否両論あるのは承知していますが、この所感は本当にわかりやすいと感じます。
まだお読みでない方は、ぜひ一度ご覧ください。
【石破茂元首相「戦後80年に寄せて」(PDF)】
https://www.kantei.go.jp/jp/content/20251010shokan.pdf
そして、凸型文化の皆さまに、和らぎの凹型文化を発信するにあたって大切なことがあります。
それは凸型文化の皆さまは、
「原理原則を大切にする」
ということです。
原理原則がわからないと、行動できないんです。
これは凸型文化の皆さまが、一神教の宗教を信仰し、その教義に基づいて行動しているからだと思います。
ただ、白洲次郎は「プリンシプルのない日本」という著作の名の通り、”日本人は原理原則がない!”と批判しています。
山本七平はその著書の中で、不思議な日本人の宗教観について、”日本人は「日本教」を信仰している”と表現し、一神教の人間にとっては、理解に苦しむと著しています。
そして芳賀先生も「日本人らしさを発信しよう」と宣言し、凹型文化の説明はしているものの、その根底にある原理原則には言及していません。
そこで、私見で大変恐縮ですが、日本人の凹型文化の原理原則と宗教観をお伝えしますね。
これは、わたしがこれまでの人生の中で色々な著作を読み、陸上自衛隊で戦闘訓練を経験し、公認心理師として様々な心理を探求した上でお伝えするものです。
日本人の和らぎの凹型文化の原理原則は、
『あたたかい気持ちになることをする』
です。
空気を読み、気遣いをして、和を以て貴しとなす凹型文化の日本人の原理原則は、「あたたかい気持ち」を保つためのものだと感じます。
一度、わたしたち日本人の行動を振り返ってみてください。
きっと、あたたかい気持ちを大切にしているからこその行動だと感じるはずです。
次に日本人の宗教観は、
『感謝の気持ちで祈ることを大切にしている』
です。
日本人はクリスマスを楽しみ(キリスト教)、大みそかには除夜の鐘を突き(仏教)、お正月には神社に初詣に行く(神道)という、凸型文化の一神教の皆さまからしたら、訳の分からない文化です(^-^;
これは日本人が、宗教の教義を気にしてないから成り立つことです。
そんなことをしていたら、初詣とクリスマスと除夜の鐘が同時に成り立つわけないですからね(^^;
日本人は、「祈る」という行動自体を大切にしていると感じます。
そしてその祈りの根底には、感謝の気持ちがあること。
祈ること自体が大切だからこそ、その対象が何であれ気にしないというのが日本人だと感じます。
怨霊と言われた平将門や菅原道真を祀る神田明神や天満宮をお参りするのも、祈ること自体が大切だからに他なりません。
「感謝の気持ちで祈って、何になるんだ?」
と問われれば
「あたたかい気持ちになりますよね」
と答えられますよね(^^)
凸型文化の皆様には、こういったことをお伝えしてから凹型文化を発信した方が、わかりやすいように感じます。
そして科学技術の発展に貢献し、豊かさを与えてくれた凸型文化の皆様が、自らの呪縛にとらわれているのであれば、その呪縛から解放されることを願ってやみません。
そのためにも、今こそ日本の和らぎの凹型文化を世界に伝えていく必要があると感じます。
5 まとめと次回のテーマ
今回のブログでは『戦争と平和』のテーマの総まとめとして、芳賀綏先生の著作を通して、これからの日本の使命についてお伝えしました。
和らぎの凹型文化を世界に伝えることでしたね。
そしてそのためには、われわれ日本人が日本人らしさを取り戻す必要があることもお伝えしました。
そのためには80年前の大戦が、日本人にとってどういうものだったのかを、清濁併せ吞んで受け入れる必要があると思います。
そのために、4回に分けてお伝えしました。
2025年は本日で終わりです。
今この瞬間に世界を見渡しても、凸型文化圏では戦争が行われています。
わたしだけの力では、それを止めることはもちろんできません。
ただ、日本人が日本人らしさを取り戻し、凹型文化を凸型文化の世界に伝えていけば、違った結果になることもあると思います。
「あたたかい気持ちになることをしよう」
「感謝の気持ちで祈ろう」
そんなことを世界にお伝えできればなと思う、今日この頃です。
そして最後に、ちょっとだけわたしの泣き言にお付き合いいただければと思います(^n^;
正直言うと、『戦争と平和』というテーマは、簡単にお伝えできることではありませんでした。
資料集めや構想も含めて、8カ月かかりました(^^;)
そして資料集めも大変だったんですが、AIツールが発達し過ぎていて、学術的な部分だとかロジカルな部分は、敵いようがないないと感じました(ToT)
質問すると、数冊分の文献のまとめが一瞬にして返ってくるんですもん(^^;
今回のブログでは、文献資料やウェブサイトの情報に基づいて、著者の心情的な部分に寄り添いながら、あくまでわたしが感じたことをお伝えしました。
AIは利用したものの参考までにして、文献やウェブサイトなどの裏付けのない情報は一切使用しませんでした。
このブログを読んで下さっている皆様に、AIの回答のまとめを読ませるようなことはしたくないですからね(^.^;
書ききれて、本当にホッとしています(^^;
今はインターネットが発達していますので、世界のことを手軽に知ることができますよね。
わたしは外国のことはよくわからないので、YouTubeで海外の文化を教えてもらっています。
特によく見ているのは、「MrFuji from Japan」さんです。
日本語をしゃべれる凸型文化圏の方が、日本と自国の文化を違いを楽しく教えてくれています。
もしご興味があれば、ご覧になってみて下さい。
それでは今年一年、あたたかい気持ちで送れたことに、感謝の祈りを捧げながらブログを終わりたいと思います。
皆様、良いお年をお迎えくださいませ!
次回のブログ更新は1月14日(水)の予定です。
1月のブログのテーマは、
『新年の抱負とわたしの日常』
の予定です。
お楽しみに☆
【参考資料】
1 Webcat Plus「芳賀綏」
3 首相官邸ウェブサイト
【参考文献】
1 日本人らしさの発見 芳賀綏著 大修館書店 2013年12月
2 日本人らしさの構造 芳賀綏著 大修館書店 2004年11月
3 日本語の社会心理 芳賀綏著 人間の科学叢書 2007年11月
4 日本人とユダヤ人 イザヤ・ベンダサン著 角川書店 1991年6月第82版
5 プリンシプルのない日本 白洲次郎著 新潮社 2008年11月第20刷
6 戦争の世界史大図鑑 R・Gグラント編著 河出書房新社 2008年7月
7 あの国の本当の思惑を見抜く地政学 社會部部長著 ㈱サンマーク出版 2025年4月(第5刷発行)
8 戦争の世界史 マイケル・S・ナイバーグ著 稲野強訳 ㈱ミネルヴァ書房 2022年11月
9 植民地化の歴史 征服から独立まで マルク・フェロー著 片桐祐・佐野栄一訳 ㈱新評論 2017年3月
陸上自衛隊に約15年勤務。レンジャー隊員。公認心理師。産業カウンセラー。
在職時は、年200件以上の面談に対応するカウンセラーの任務を行うと共に、隊員に対して「災害派遣の心構え」を教育をしていました。
そんな自衛隊での教育や、自身の災害派遣の経験をアレンジして、現在は「災害の心の準備」をお伝えするセミナー講師。
『どんな災害も乗り越える』
その心の準備を”自衛隊式”でレクチャーしています。
このブログでは、防災のこと、身心の健康、そしてちょっとだけ自衛隊の話を綴っています。
自衛隊での経験やセラピストとして学んだことが、皆様のお役に立てば幸いです。
ブログの更新は隔週水曜日。
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【戦争と平和のブログ】
●11/12 【戦争と平和①】軍事学者クラウセヴィッツ『戦争論』を通して

































































































