
【令和6年7月31日】
元日に起きた能登半島地震から明日で7カ月。実は被災からちょうど半年後の7月1日に、輪島に訪ねていたんです。被災前の輪島の写真と比較しながらお届けします。是非ご覧ください。
お疲れ様です。
自衛隊卒のセラピストの岡田 凰里(おかだ おうり)です。
ブログを読んで下さって、ありがとうございます。
梅雨が明け、全国各地で猛暑となっています。
それに伴ってか、東京では連日雷が鳴っています。
もはや夕方になると、どこかで雷が鳴っているような気がしてしまいます(^^;
って、たぶん遠くでなっているんだと思いますが…(^n^;
尋常じゃない雨や雷。
生命の危機を感じるレベルなので、遭遇した際は安全な場所で待機するのがいいかもしれません。
さて、今月のブログテーマは
『影武流合氣体術の由来を紐解く』
でした。
7/3 【影武流合氣体術の由来を紐解く】武道と武術の違いとは!?
7/10 【影武流合氣体術の由来を紐解く②】『合氣』の字が表す武道の考察
7/17 【影武流合氣体術の由来を紐解く③】『影武』の字が示す雨宮家の使命
の3回に分けてお伝えしました。
わたしのファンタジー考察ですが、影武流合氣体術の名前の由来は
500年一子相伝で続いている、影武者の流儀で、
現伝承者の雨宮先生が、心身統一合氣道を取り入れ、
家伝体術の色を残したまま、一般に公開している武術
これが、わたしの考察でした。
なぜこのように考察したかを詳しく解説していますので、武術好きの方は是非ご覧ください。
さて、今回のブログでは7月1日に訪ねた、被災後半年の輪島の状況についてお伝えします。
今回は、親戚が体育館の避難所から仮設住宅に移るということで、そのお見舞いで伺いました。
被災生活での環境の変化というのは、想像することが難しい程、身心の負担になります。
被災直後一週間は近傍のホテルに宿泊して、
その後5カ月弱体育館の避難所で寝泊まりして、
ようやく仮設住宅に入居して、
そしてこれからの不安を抱えながら生活する。
こんな時には、実際に会って話すことで、気持ちが楽になることもあったりするんです。
ところで以前のブログで、被災後1カ月の輪島の状況についてお伝えしました。
その時は、どうしても写真を撮る気持ちになれず、口頭でのご説明にとどめました。
半年経って気持ちの整理もだいぶついたので、今回は写真撮影も行いました。
震災が起きる前の令和5年に輪島を訪れた際の写真と、比較しながらお伝えしていこうと思います。
なお、今回のブログは被災地の現状、生の姿をお伝えするために、被災現場の写真を多く掲載しています。
被災前の写真と比較する作業というのは、わたし自身が想像以上に辛い気持ちになりました。
もし、被災地の写真を見ると気分が悪くなってしまうかもしれないという方は、大変恐れ入りますが、閲覧をお控えいただければと思います。
それでは現状をご案内していきますね。
輪島に到着したのは、6月30日。
前日夜、東京駅から出発する夜行バスに乗って、金沢まで。
金沢に朝の7時について、コンビニで朝食を購入して。
金沢駅西口から輪島行の高速バスに。
輪島に10時過ぎに到着しました。
前回赴いた際は、富山駅からレンタカーでしたので、通った道が違うので比較は難しいんですが…。
のと里山街道は半年経った段階でも、全面復旧はしていませんでした。
到着した当日は雨。
ポンチョを着ての撮影になりました。
スーツケースを宿に預けて、輪島の街並みを写真におさめに行きます。
それでは被災後半年の、輪島市内の様子をご案内します。



























































いかがでしたでしょうか。
これが被災後半年の、輪島市街地の実情です。
撮影からさらに1か月経っているので、解体や撤去は進んでいるとは思うんですが…。
ショッキングな光景でした。
被災した現地の皆様は、この風景を毎日見ながら生活しているんです。
景観が及ぼす心理的な影響は、計り知れないものがあると感じました。
翌日が被災後半年ということで、雨の中にも関わらず、報道関係の方が街中にたくさんいらっしゃいました。
撮影をしたり、インタビューをしたりしていました。
すれ違う際に挨拶を交わすと、皆さんそれぞれ微妙にイントネーションが違ったりしていました。
各地から取材に来てくださったようです。
撮影後は、親戚の仮設住宅にお邪魔して、一緒に食事をしながらお酒を飲んで。
色々な話をして。
親戚は被災後、初めて刺身を食べたと言っていました。
半年の間、刺身を食べていなかったそうです。
普段の輪島では、そんなことは絶対にありえないことです。
先行きが見えないので節約していたのもあるようでしたが、そもそも食べる気が起きなかったみたいです。
何時間話したでしょうか。
夜も更けてきたので、仮設住宅をあとにして宿に戻りました。
翌日は7月1日。
震災から、ちょうど半年の日でした。
わたしの事業所は、東京商工会議所に所属しているんですが、その繋がりで輪島商工会議所に表敬訪問をしました。
わたしが輪島で生まれた人間だということで、忌憚のない意見交換ができました。
その後は街の方に話を伺ってみたり、前日行けなかった場所に行ったみたり。
そんなことをしていたら、あっという間に帰りのバスの時間になりました。
金沢に向かう途中の集落を見ましたが、家屋被害はもちろん、土砂崩れがそのままの場所もありました。
帰りは金沢から、新幹線で東京に戻りました。
被災後半年の輪島を訪ねてみて、
そして現地の方からお話を聞いてみて、
皆さんのお気持ちを一言で表現すると、
「能登が被災したことを忘れないで欲しい」
これに尽きるのではないかと思います。
オリンピックや万博、そんな世界的なイベントが控える中、そういう気持ちになるのは当然だと感じました。
過疎化が進み
消滅可能性自治体にも名前が挙がり
さらにアクセスが困難な輪島
復興のあゆみの中では、ただ再建するだけの話では済まされない問題も多々あると思います。
生まれ故郷の復興を、可能な限り寄り添いながら見つめていこうと思います。
そして決して焦らずに、多くの方が納得する形で復興することを、願ってやみません。
今後も輪島の状況をお伝えしていきますので、是非ブログをご覧いただければと思います。
災害の現実を目の当たりにするのは、お辛かったかもしれません。
ご覧いただいてありがとうございました。
心から感謝いたします。
ありがとうございます。
【被災一か月後のブログ】
【景観が及ぼす心理的な影響】
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以下、来月のブログテーマのご案内です。
来月のテーマは
『夏の中山道を駆ける』
です。
その街道沿いには、現代でも当時の面影を残す宿場町が残っています。
その宿場町を、ジョギングで巡っちゃおうと思います♬
是非ご覧ください☆
陸上自衛隊に15年勤務。レンジャー隊員。公認心理師。産業カウンセラー。
在職時は、年200件以上の面談に対応するカウンセラーの任務を行うと共に、隊員に対して「災害派遣の心構え」を教育をしていました。
そんな自衛隊での教育や、自身の災害派遣の経験をアレンジして、現在は一般向けに「災害の心構え」をお伝えするセミナー講師。
『どんな災害も乗り越える』
その心構えを”自衛隊式”でレクチャーしています。
このブログでは、防災のこと、身心の健康、そしてちょっとだけ自衛隊の話を綴っています。
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【経歴・資格など】
公認心理師(国家資格)、産業カウンセラー、リラクゼーションセラピスト(2級)、元陸上自衛官、レンジャー隊員、上級体育指導官、予備自衛官(衛生官)
〔※「Windship」及び「Windship treatment」は登録商標です。〕
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