
【令和7年9月24日】
10年前の鬼怒川決壊で、浸水被害をうけた「水海道さくら病院」。看護部長がインタビューに応じてくれました。さくら病院が成し遂げた『奇跡の復興』をお伝えします。是非ご覧ください。
お疲れ様です。
自衛隊卒のセラピストの岡田 凰里(おかだ おうり)です。
ブログを読んで下さって、ありがとうございます。
9月も下旬にはいりました。
猛暑は雨が降るごとに過ぎ去り、秋の気配が感じられますね。
そんな中で、全国各地でゲリラ豪雨や線状降水帯発生のニュースが飛び交っています。
年々の雨の被害は、強さを増しています。
天気予報で早めの情報収集をして、無理のない行動を心がけましょう。
9ー10月のテーマは
『平成27年関東・東北豪雨災害』
です。
前回のブログでは、鬼怒川の堤防が決壊した常総市の現地取材を通して感じたことをお伝えしました。
10年前の平成27年9月10日に決壊した茨城県常総市の鬼怒川。
常総市の歴史的な背景や地理的な特性
市役所の職員の方へのインタビュー
被災10年後の鬼怒川堤防の現地取材
こんなことを通して、未曽有の大規模水害について感じたことをお伝えしました。
前回のブログも是非ご覧ください。
さて、実は今回の現地取材に際して、ご縁があって被災した病院でもインタビューをさせてもらうことができました。
被災した経験を振り返ることは、簡単な事ではありません。
なぜなら当時のことを考えると、色々な想いが込みあげてくるからです。
元自衛官のわたし自身、災害派遣のことを思い返すと今でもそうなります。
ただ、自衛官だったり行政の担当職員は公務員です。
ある程度の訓練はしていますので、災害に対して一般の方よりは耐性があると思います。
そうでもなければ、災害を振り返るというのはなかなか難しいことです。
そんな中で、茨城県常総市にある『水海道(みつかいどう)さくら病院』の看護部長が快くインタビューに応じてくれました。
今回のブログでは、災害医療の現実とインタビューで感じたことをお伝えしていきます。
ブログは以下の内容です。
1 奇跡の復興を遂げた病院
2 迫りくる濁流との闘い
3 通常医療が困難な中で
(1) できることを明確に
(2) 『トリアージ』を行う
(3) 患者様に寄り添う
4 災害医療の頼みの綱"DMAT"
5 まとめと次回のテーマ
それでは始めていきますね。
1 奇跡の復興を遂げた病院
今回インタビューを受けてくださった『水海道さくら病院』
最寄り駅は関東鉄道常総線の「北水海道」です。
場所はコチラになります。
【水海道さくら病院】
堤防が決壊した地点から直線距離で7㎞以上離れていますが、一階が150㎝ほども水没する被害に遭いました。
そんなさくら病院の看護部長の齋藤様が、インタビューに応じてくれました。
災害の振り返りをしながらお話を伺った中で、とても印象に残った言葉があります。
それは、
「この災害に起因した退職者は絶対に出さない」
という非常に強い意志のこもった言葉です。
記憶にある方もいらっしゃると思います。
昨年の能登半島地震では、病院に勤務している看護師の方が退職されているというニュースがあったことを…。
自らも被災して生活の基盤が整わないまま、人の命を預かる医療従事者として勤務することは簡単な事ではありません。
そんな中で、さくら病院では
『奇跡の復興』
をスローガンに、職員の皆様が一丸となって復旧と復興に取り組まれました。
まずは、その復興の様子をご覧ください。
【奇跡の復興への歩み】
いかがでしたでしょうか。
これだけの被害がありながら、被災から3カ月も経たずに、通常診療が提供できる体制になっています。
まさに『奇跡の復興』と言えるでしょう。
そして言葉の通り、災害に起因した退職者は1名も出さなかったそうです。
奇跡の復興を遂げたさくら病院ですが、その災害対応は簡単なものではありませんでした。
医療従事者の皆様は、自分だけが避難すればいいわけではありません。
患者様がいらっしゃいますので、共に避難しなければなりません。
入院されているわけですから、患者様は身体が不自由です。
身体が不自由な方と避難するのは、命懸けの行動になります。
そんな緊張感に包まれながら、さくら病院の皆様がどのように水害に立ち向かったのか。
映像だけでは見えてこない部分を、お伝えしようと思います。
2 迫りくる濁流との闘い
気づいた時には、濁流が道路を埋め尽くしていたそうです。
齋藤様が帰宅しようと思い少し車を走らせたときには、もうそれどころではない状況。
いったん車を走らせはしたものの、帰れない状況だったので病院に戻り、そこからは迫りくる濁流との闘いが始まったそうです。


濁流が押し寄せた病院には患者様90名と病院関係者39名が孤立。
病院には地下に病院食の調理場や職員の休憩所がありますが、そこがみるみる水没していきました。
気が付くのが遅れていたら水圧で扉が開かず、中に職員が閉じ込められていた危険があったそうです。

地下からの避難が済んでも、それで終わりではありません。
さくら病院の1階には透析の患者様に対応する病室があります。
水害の避難の基本は「垂直避難」
患者様とともに2階に上がります。
しかし、夜の時間帯に急激に水量が増したそうです。
2階でも危険を感じ、3階に避難。
濁流の影響でエレベーターは使えませんので、患者様も資材も人力での搬送になります。
さらに3階のベッドだけでは足りないので、床にマットレスを敷いて患者様に横になってもらったそうです。
ただ、避難が済めばひと安心という訳にはいきません。
なぜなら、患者様に医療を提供し続けなければならないからです。
患者様との避難行動をするとともに、医療の提供のための資器材を確保する必要があります。
非常用電源のルートを確保するため、そして必要な資材を運ぶために、職員の皆様は1階の濁水に浸かりながら行動をしたそうです。
衛生的な環境を確保しなければならない病院で濁水に浸かるのは、ご本人はもちろん患者様にとってもリスクがあります。
心理的抵抗は、一般の方より相当高かったと思います。
それでも物資がないと医療が提供できませんので、やむを得なかったことでしょう。
患者様と自身の安全の確保しながら、濁流・疲労・睡魔と闘って医療を提供したさくら病院の皆様。
病院の1階が水没してライフラインが絶たれている状況では、いつも通りの医療の提供は困難です。
そんな中で、病院の皆様はどのようなことに気をつけていたのか。
インタビューで伺ったことをご紹介します。
3 通常医療が困難な中で
病院が被災した際に、職員の皆様がやらなければならないことは多岐にわたります。
1回のインタビューでそのすべてを伺うことはできません。
ですので通常医療が困難な中で、特に気をつけたことを伺いました。
わたしの印象に残ったことを、3つご紹介したいと思います。
被災した状況では、普段と同じことはできません。
これは医療に限らず、企業や行政でも同じです。
まずはその時の人員、機器、物資で可能なことを明確にしたそうです。
病院はもちろんその一帯が水没しているわけですから、被害のない病院に簡単に搬送できるわけではありません。
また人員や機器、物資の補給も簡単ではありません。
さらには、水が引くまでどのくらいの時間がかかるかはわかりません。
つまり、可能な医療を明確にするということは、「できることの限界」を明確にすることと同等です。
その限界を超えてしまうとどうなるか。
それは患者様の命が絶たれるということです。
本当に残酷な現実ですが、その限界により1名の方の最後を看取ったそうです。
より良い医療を提供して患者様を救うことにやりがいを感じ、それを使命にしているのが医療従事者の皆様です。
現場にいた皆様がその現実を目の前にした無念は、わたしごときでは想像できないほどのものだったと思います。
これが災害の現実です。
被災時の対処には、明確に限界があります。
それを改めて感じたエピソードでした。
被災時には、もちろん病院に救助が来ます。
ただ、全員を同時に救助できるわけではありません。
そこで患者様の重症度や緊急度に応じて、優先順位をつける必要がります。
その順位付けをすることを『トリアージ』と言います。
職員の皆様は、提供できる医療の限界と患者様の容態を加味して、トリアージを行ったそうです。
実はトリアージというのは、軍事の世界でも使われる用語です。
戦場医療の現場では、助けられる命に優先順位をつけて救っていくことが必要になります。
わたしは元自衛官ですので、負傷者をトリアージすることは知っていました。
そしていざという時には、自分自身がトリアージされることも認識していました。
災害医療の現場でも、同じようなことが行われています。
ただ一般の患者様にとっては、優先順位をつけられるのには心理的な抵抗があったはずです。
恐らくほとんどの患者様は、トリアージに対する「心の準備」は無かったのではないでしょうか。
そんな患者様の様子を目の当たりにしながらも、冷静に診断して優先順位をつける。
職員の皆様の、命と向き合う真摯な姿勢を感じたエピソードでした。
トリアージに基づいて順番に救助をしていくわけですが、それまでの間は、ただただ待つ時間が続きます。
その『待つ』時間というのは、患者様にとってはとても不安な時間です。
そして、トリアージに納得のいかない患者様もいらっしゃったそうです。
ただ、納得のいかない患者様の気持ちもわかります。
命の危機にさらされている時に、その優先順位を受け入れるのは難しいことだと思います。
さくら病院の職員の皆様は、そんな患者様の気持ちに寄り添って丁寧に説明をしたそうです。
不眠不休・疲労困憊の中で、温かみを保ちながら寄り添うのは簡単な事ではありません。
わたし自身、災害派遣や訓練で不眠不休の活動を経験していますので、身をもってその難しさがわかります。
患者様と職員の皆様が全員救助されるまでの約3日間。
気持ちを保ちながら患者様に寄り添い続ける。
医療従事者ならではの、ホスピタリティを感じたエピソードでした。
こういった状況に対応しながら職員の皆様は、救助に来た警察・消防・自衛隊に患者様を託していきました。
そして救助に来ていた人員の中には、実は医療従事者の方もいらっしゃったんです。
4 災害医療の頼みの綱"DMAT"
最初に見ていただいた映像の中に、救助の様子がありました。
警察・消防・自衛隊がボートやヘリで救助に来てくれています。
メディアなどで災害救助が報道されると、それらの隊員がクローズアップされます。

ただ、
『医療の提供をしながら救助する』
となると話が変わってきます。
医療分野においては、保有資格でできることが明確に区別されています。
医師や看護師でないと提供できない医療があります。
つまり警察官・消防官・自衛官だけでは、患者様を救助できない場合が発生します。
こんな時に救助にあたるのが、
『DMAT(ディーマット)』
の隊員です。
DMATとは「Disaster Medical Assistance Team」の頭文字で、災害派遣医療チームのことです。
DMATは発災から48時間以内に活動できるように訓練された医療チームで、医師・看護師・業務調整員の4~5名で構成されています。
阪神淡路大震災をきっかけに必要性が認識され、2005年に発足しています。
もちろんこの災害でも、DMATの隊員が救助に来てくれました。
映像の中で「DMAT」と書いてあるビブスを着ているのが、その隊員の方々です。
災害派遣の現場では、警察・消防・海保・自衛隊が注目されます。
ただそんな中で医療従事者の中にも、専門的な訓練を受けて災害救助の任務に当たっている方がいます。
もちろんその皆様は、普段は病院に勤務しています。
勤務の合間に専門的な訓練を受け、いざという時には昼夜を問わず駆けつける。
そういった医療従事者の方々がいることを、是非この機会にご承知いただければと思います。
5 まとめと次回のテーマ
今回のブログでは、奇跡の復興を遂げた『水海道さくら病院』でのインタビューで感じたことをお伝えしました。
災害時の医療には明確に限界があること
さくら病院の皆様の命に向き合う真摯な姿勢とホスピタリティ
医療従事者として災害現場で救助に当たる「DMAT」
わたしは医療従事者ではありませんので、インタビューをしなければわからないことがたくさんありました。
そしてもちろん救助が済んだら、それで終わりというわけではありません。
病院を復旧して、通常の医療が提供できるようになってこその復興です。
鬼怒川が決壊したのが9月10日。
患者様と職員の皆様の救助が完了したのが9月12日。
9月13日は完全な休養日にしたそうです。
不眠不休で疲労困憊
命に向き合いながらの救助
災害現場の緊張感
こんな状態では、復旧もままならないという判断からだそうです。
わたしの経験からも、この判断は適切だったと感じます。
現場を体験した人間にしかわからないものですが、災害現場の緊張感や疲労感は想像を絶するものがあります。
それは例え訓練を受けていたとしても同じです。
休みがなくては、その後の復興活動に支障をきたしたことでしょう。
そして9月14日には緊急会議を開催。
9月15日には復興に向けた活動が始まります。

そして診療もできることから始めたそうです。
テントを借りてきて屋外での診療を再開するところから始まり、復旧した病院の一部を活用した診療も行っていったそうです。


復興活動17日目には全診療科を臨時の体制で再開し、21日目には入院患者様の受け入れを再開しています。
復興活動52日目に透析センターを再開し、71日目には天井まで水没した厨房が復旧。
そして83日目には通常診療を再開。
インタビューの中で斎藤様は、
「自分たちだけの力では、復興することはできなかった」
「力になってくださった皆様には、本当に感謝しています」
と仰っていました。
災害ボランティアの方
義援金をくださった方
クラウドファンディングに協力してくださった方
そんな方々のご協力があってこその、奇跡の復興だったそうです。

そして医療コンサルティング会社の方にも、とても助けられたそうです。
病院にはもちろん経営があります。
被災時に8億円近い損害が出たそうです。
資金の調達に関しては、コンサル会社の協力なしにはできなかったとのことです。
偶然にも被災する数年前から契約していたそうですが、復興の道のりを一緒に汗をかきながら歩んだと伺いました。
ブログの最後にその会社のリンクをつけておきますので、ご興味のある方はご覧になってみてください。
インタビューの最後に、
「災害を乗り越えたと感じますか?」
と齋藤様に伺ってみました。
「乗り越えたという感じが明確にあるわけではないが、復興したという達成感はあります」
そんな風にお答えいただきました。
インタビューにあたって、一緒に病院内を回らせてもらったんですが、今の病院の状況を拝見すれば、その達成感にも納得です。
この度はインタビューに対応していただいて、ありがとうございました。
心から感謝いたします。
ありがとうございます。
このブログが病院関係者はもちろん、一般企業の皆様が災害を乗り越えるための一助になれば幸いです。
(※写真資料については齋藤様からご提供いただきました)
次回のブログ更新予定は10月1日(水)
決壊した鬼怒川の10年後の今をお伝えします。
決壊したポイントはもちろん、溢水した箇所も巡りました。
現地で撮影した写真とともにご紹介していきます。
ぜひご覧ください。
【さくら病院の奇跡の復興】
【医療コンサル会社:メディヴァ】
【参考資料】
陸上自衛隊に約15年勤務。レンジャー隊員。公認心理師。産業カウンセラー。
在職時は、年200件以上の面談に対応するカウンセラーの任務を行うと共に、隊員に対して「災害派遣の心構え」を教育をしていました。
そんな自衛隊での教育や、自身の災害派遣の経験をアレンジして、現在は「災害の心の準備」をお伝えするセミナー講師。
『どんな災害も乗り越える』
その心の準備を”自衛隊式”でレクチャーしています。
このブログでは、防災のこと、身心の健康、そしてちょっとだけ自衛隊の話を綴っています。
自衛隊での経験やセラピストとして学んだことが、皆様のお役に立てば幸いです。
ブログの更新は隔週水曜日。
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【経歴・資格など】
公認心理師(国家資格)、産業カウンセラー、リラクゼーションセラピスト(1級)、元陸上自衛官、レンジャー隊員、上級体育指導官、予備自衛官(衛生官)
〔※「Windship」及び「Windship treatment」は登録商標です。〕
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